クロ、時々、


 

 太陽の日差しが世界を照らし、南町三丁目に今日もまた朝がやってくる。
 うむ、この時間は外で過ごすに限るにゃん。眩しい太陽も、明るくなっていく空も、何度見ても綺麗で飽きないからにゃ。
 夜から始めた縄張りの巡回もそろそろ終わりにゃん。町の猫を統率するのは大変にゃから、見回りにも時間がかかるにゃんよ。
 そろそろお腹が空いたにゃん。朝の空気も満喫したし、我が家に帰るのにゃ。
 同じような作りの家が並ぶ住宅街だけど、我が家を間違うほど猫は馬鹿じゃないにゃん。大通りから二つ目の角を右に曲がって、三番目の青い屋根の家。ここが私の住処にゃん。
「にゃーん!」
 ほら、私が帰ってきたぞ、戸を開けとくれ。と庭に面した窓をひっかく。今の時間でも誰かが起きてるはずにゃん。
「あ、みーちゃんおかえり」
 からからと庭へ続く窓を開けてくれたのは香織ちゃん。私を一番可愛がってくれる女の子だにゃん。人間の言葉でいえばコーコーセーとかいう、いわゆるお年頃の女の子にゃのだ。
 うむ、ご苦労、の意味でにゃんと鳴いて、無事に帰宅だにゃん。
「みーちゃん、今日も朝帰り?」
「ふふ、みーちゃんはこの辺のプレイボーイでリーダーだもの。きっと女の子の相手に忙しいのよ」
 そう言って台所から顔を見せたのはお母さん。優しい顔をしていても怒ると怖い、この家のボスだにゃん。普通の家ではお父さんがボスらしいけど、お母さんをあにゃどるにゃかれ! お父さんも喧嘩では勝てないにゃん。
 そんなお父さんはリビングには見えないにゃ。きっと日曜日だからまだ寝てるにゃん。
「母さん、猫はいいから、ご飯」
 む、猫はいいだなんてひどいにゃん、貴志のくせに。
 二階から降りてきた貴志は香織ちゃんの弟で、身分は一番下のはずなのに末っ子だからわがままにゃん。私にもしょっちゅういたずらしてくるにゃんけど、まぁ私は優しいからそんな貴志をいつも許してやってるにゃんよ。
 貴志は眠そうに食卓の椅子に座ってあくびしてるにゃ。
「貴志、日曜なのになんで制服なの?」
 むむ、確かに貴志はチューガッコーとやらに行く時と同じ服を着てるにゃん。
「部活だよ。帰宅部のねーちゃんと一緒にしないでくれる?」
 なんだか貴志は不機嫌そうだにゃ。お休みの日曜日にも行かないといけないにゃんて、ブカツとやらはそんなに忙しいものにゃん?
 でも香織ちゃんにあたるなんて許せないにゃん。ちょっと引っ掻いてやろう。
「あー、みーちゃん待った!」
 にゃにゃ? 貴志のところに行きたいのに、なんで香織ちゃんが目の前で通せんぼにゃん?
「もー、どこ歩いてきたの? みーちゃん泥だらけじゃない。野良猫みたいだよ」
 香織ちゃん、野良猫とはひどいにゃん! これも縄張りを守っている証拠にゃのに!
 昨日は通り雨があったからちょっと地面が湿ってただけにゃんよ。
「野良猫といえば、最近、近所で見慣れない猫がうろついているらしいわよ」
「そうなの? 新しく来た猫かなぁ。最近、引っ越してきた人とかいたっけ?」
「さぁ、お母さんは聞かないけどねぇ。野良猫が増えたら困るからって、保健所の人が探しに来てたわ」
 にゃに? それは初めて聞く話にゃん。
 うろついているからって野良猫とは限らないにゃん。家猫でもうっかり別の猫の縄張りに入って、家とは別の方向へ追い払われたりしたら帰れなくなっちゃうこともあるにゃん。それは確かめて助けてやらにゃければ!
「そうなの? じゃあ間違えられないように綺麗にしないとね。みーちゃん、おいで」
 むむ、抱っこにゃん? 香織ちゃんの抱っこは好きだにゃん。
 ごろごろ喉を鳴らして香織ちゃんの腕の中。気持ちいいにゃん♪ でも、さっき綺麗って言ってたような……。
「よし、みーちゃん、お風呂だよ!」
 にゃんですと!? お風呂は水がいっぱいでシャンプーであわあわにゃん? それは嫌だにゃ!
「にゃー!」
「へへへ、暴れても無駄だよー。ほら、首輪も外して……」
 香織ちゃん、どこに連れてくにゃん? やっぱりお風呂にゃん?
 うぅ、香織ちゃんは大好きにゃんだけどお風呂は嫌だにゃーん!
「ふしゃー!」
「きゃ! あ、みーちゃん逃げた!」
 香織ちゃんは優しいから、威嚇したらびっくりしたみたいにゃん。申し訳ないけどここは逃げるに限るにゃん!
「もう、みーちゃん! 逃げても家からは出られ―――」
「いってきまーす」
「あ、貴志! 玄関開けちゃダメー!」
 ぬはは、貴志、ニャイスタイミング! ダッシュで玄関を飛び出して、外に出ちゃえばこっちのものにゃん。仕方にゃいからさっきの香織ちゃんへの暴言はこれで見逃してやるにゃん。
 香織、すまぬ、吾輩は旅に出るぞ!
 というわけで、我が家から脱走完了にゃん。
 やれやれ、朝から疲れるにゃん。ご飯も食べ損ねたし……仕方にゃい、見回りついでに餌さがしにゃん。
 まずは大通りの方に行ってみるにゃん。道路を歩くのは危にゃいから、猫ならばちゃんと塀の上を通るにゃんよ。
「あ、お母さん、見て! ねこちゃんだよ!」
 にゃ、ご近所さんに見られてるにゃん!
 ここはきりっとするにゃん。
 歩く時は尻尾をピンと、カッコ悪いから足元なんて見ないにゃん。うむ、なんとも美しい歩き方! これはモデル歩きにゃん。
 そこの少年よ、私の歩きを見たにゃん?
 凛々しいであろう?
 他の人にも見せたいにゃん。このまま隣の家に行ってみるにゃん。
 さて、隣の家には誰が……
「バウ!」
 ってうにゃ―――!? いいい、犬だにゃん! 逃げるにゃん!
「にゃおうん、ふしゃー!」
 あわわ、思わず向かいの家に飛び込んじゃったにゃん。びっくりしたにゃー。私としたことが、不覚だったにゃ。でも一応威嚇は返したから負けてないにゃんよ!
 むむ、それはともかくここはどこにゃん?
 ここは裏庭みたいだから表に回ってみるにゃん。なんとなく見覚えがあるし、匂いも覚えがあるようにゃ……。
「おや、またきたのかい、クロちゃん」
 にゃ! 鈴のおばあちゃんだにゃん!
 散歩の時によく会うにゃんけど、いつも鈴のついた鞄を持ってるにゃん。時々おやつもくれる良い人にゃん。ここは鈴のおばあちゃんの家だったにゃんね。
「にゃーん」
「あらあら、お腹が空いたの? お前もこっちにおいで」
 おばあちゃん、何かくれるにゃん? って、お前『も』?
「みゃー」
 お? 縁側に見知らぬ三毛猫がいるにゃん。おばあちゃんにおやつをもらってるみたいだにゃん。むむ、よそ者がおばあちゃんの家で何をしてるにゃん?
『おい、おぬし、何者にゃん? ここらは私の縄張りだにゃん!』
『ふみゃあ……ごめんなさい。私、四丁目に住んでる猫なんです。ご主人様とはぐれてしまって、でも他の猫に追いかけられて帰れなくなっちゃって……』
『飼い猫だったにゃんか。にゃるほど、お母さんの言っていた野良猫はおぬしの事みたいにゃんね』
 やはり私の考えは間違ってなかったにゃん。よく見たらこの三毛猫ちゃん、ちゃんと首輪してたにゃん。
 猫は自分の縄張りに入ってくるよそ者に容赦ないから仕方ないにゃん。
『よし、わかったにゃん。ここは三丁目だから四丁目の近くまで送ってやるにゃん』
『いいんですか?』
『うむ、問題ないにゃん。私はここ周辺の猫には顔が利くにゃ!』
 ここで見捨てては男がすたるというものにゃん! ちゃんと助けてやるにゃんよ。
『あ、ありがとうございますー!』
『いいってことにゃん。ただし、私はお腹が空いてるにゃん。おばあちゃんがくれたご飯を食べ終わるまで待つにゃんよ』
『はい!』
 元気になった三毛猫ちゃんとご飯をもぐもぐ。おばあちゃんがくれるご飯は美味しいにゃん。缶詰を開けてくれたから、キャットフードより豪華だにゃん!
 うにゃ、お腹もいっぱい、満足にゃん。汚れた口と手をペロペロして、さあ三毛猫ちゃんを送りに行くにゃんよ! きっとこの猫の飼い主さんも心配しているにゃん。
『よし、じゃあ私についてくるにゃん』
『はい!』
 事情が分かったならすぐ行動。
 でもその前に、おばあちゃんにちゃんと挨拶するにゃん。
「にゃーん」
「おや、行くのかい? またおいで、クロちゃん」
 おばあちゃん、ありがとにゃ! おかげでお腹いっぱいで元気が出たにゃん。一回だけおばあちゃんの足にすりすりして、さてお仕事開始にゃん。
『四丁目は大通りの向こうにゃけど、遠回りににゃるから裏道を通るにゃん。ちゃんとついてくるにゃんよ!』
『はいです!』
 三毛猫ちゃんを引き連れて、路地裏へ。猫に道なんて関係ないにゃん! 塀の上だって花壇だってへっちゃらなのにゃ!
 すいすい歩けば、ほらもう少し。
『そろそろ四丁目にゃん。この辺は見覚えあるにゃん?』
『えーっと……』
 キョロキョロあたりを見回す三毛猫ちゃん。無事に帰れるにゃんかね?
「みーちゃーん! みーちゃん、どこー!?」
 む、この声は香織ちゃんにゃん! もしかして私を探しに来たにゃん?
「おーい! みーちゃん!」
 にゃにゃ、一生懸命呼んでくれてるんにゃけど、捕まったらきっとシャンプーであわあわにゃん。困ったにゃんよ。
「あ、あの! すみません! この辺で猫を見ませんでした? ミケっていう名前なんですけど―――」
 にゃ! 香織ちゃんが話している二人は保健所の人だにゃ! 三毛猫ちゃんは飼い猫にゃけど、間違って連れて行かれたら大変にゃん。
『おぬし、あれは保健所の人だにゃん! 捕まる前に―――』
『あ! あそこのパン屋さん見覚えがあります! 家がわかるかも!』
 って、そっちは駄目にゃー! 
「あ、猫がいるぞ。二匹いるけど、一匹はさっきの子が探してた子じゃないか?」
「そうみたいだな。例の野良猫かもしれないし、ちょっと捕まえてみようか」
 にゃ! こっちに来るにゃん!
『にゃ! おぬし、早くここから逃げるにゃん!』
『え? どうしてですか?』
 って、そんなこと言ってるうちに保健所の人が来ちゃったにゃん!
「にゃ〜ん♪」
 あぁ! 三毛猫ちゃんが保健所の人の方に行っちゃったにゃん!
「よしよし、この子がミケかな?」
「三毛猫だし、あの子が探してた猫だろう。首輪もしてるしな」
 え!? ちょっと待つにゃん! 香織ちゃんが探しているのは私にゃんよ! 首輪だってちゃんと――って、そういえば香織ちゃんが外してたにゃんー!!
「あっちが野良かな。捕まえるぞ」
 にゃー! 二人が追いかけてくるにゃー!
 香織ちゃーん! 助けてにゃー! って、がむしゃらに逃げてたらいつの間にか行き止まりに追い込まれてたにゃん!
「ふしゃー! みゃー!」
 うぅ、威嚇しても効果ないにゃん! つーかーまーる――!!
「よいしょ!」
「にゃー!」
「よし、捕まえた。とりあえず野良の方は籠の中に―――」
 あっけなく捕まったにゃん。籠は嫌だにゃ! 香織ちゃーん!
「みゃーん!」
「あ! みーちゃん!」
 にゃ! 香織ちゃんが気付いてくれたにゃ!
「もー、みーちゃんってば、保健所の人に迷惑かけちゃって、ダメでしょ?」
 にゃー。香織ちゃんに怒られちゃったにゃん。
「すみません、みーちゃん返してもらえますか?」
 香織ちゃんが私を指さしてるにゃん。そうにゃん! 香織ちゃんの家の子は私にゃん!
「え? 君が探してたの、こっちの黒猫なのかい?」
「そうですよ。みーちゃん、おいでー」
 にゃにゃ。香織ちゃんに網から出してもらったにゃ。危なかったにゃー。危うく保健所行きになるところだったにゃん。
 でも保健所の人は不思議そうに首をかしげてるにゃんね?
「君、その猫、黒猫なのに名前はミケなの?」
「はい、そうです」
「え…な、なんで………?」
 戸惑ってる保健所の人に、香織ちゃんが笑ってるにゃん。
「だって、【ミ】ヤ【ケ】(三宅)家の猫ですから!」
 そうにゃんよ。ミケっていう名前で「みーちゃん」って呼ばれてるにゃんけど、私は黒猫なのだにゃー。
 香織ちゃんの説明で、保健所の人も納得して笑ってるにゃんね。
 野良猫に間違われてた三毛猫ちゃんも、首輪に書いてあった文字で家がわかったみたいにゃ。
「もー、みーちゃん、ちゃんとシャンプーしないから、野良猫に間違われちゃうんだよ」
 うにゃにゃ、面目ないにゃん。シャンプーであわあわは嫌にゃけど、保健所行きはもっと嫌にゃん。
 仕方ない、今日は帰ってちゃんとシャンプーであわあわするにゃんよ。


 皆の衆、見かけと名前が違うからって、見誤っちゃ駄目にゃんよ?






終わり 「またにゃん♪」(^・ω・^)






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