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 泣き腫らした赤い目をこすりながら、灯火は釈然としない気持ちで呟いた。
「日光、恐怖症………?」
 場所は、町で一番大きい病院。その一室で灯火と向き合っている白衣の男性が頷く。
「誠悟は生まれつき日の光に弱い体質でね、日を浴びると呼吸困難や発汗があるんだ」
 そう説明する男性は、あの時青年と話していた人だ。カーテンで仕切られて薄暗い部屋で、男性は呆れたようにため息をついた。
「今回は症状が軽めだったからよかったけど、あれほど無茶はするなって言ったのに」
 責められて、ベッドで横になっていた歌鬼―誠悟がごまかすように小さく笑った。
「いや、あれは俺も想定外だったんだって!」
「ふーん………それにしては激情的な告白をしたそうだね?」
「う………それは、その………………」
 しどろもどろに慌てふためく誠悟を見ながら、灯火は頭の中を整理する。
 つまり彼は吸血鬼なわけではなく、病気だったのか。そして先生と呼んでいた男性は学校の先生ではなく、彼の主治医だったらしい。
「誠悟さんはどうしてあの場所で歌を?」
 真相を訪ねると、誠悟は言いにくそうに口を開いた。
「俺、こんな体だから夜しか出歩けなくてさ。毎日が退屈で、何か変化がほしくてちょっと遠出してみたんだ。たまたまあの川沿いを歩いてたらカーテンの隙間から灯火が見えて、最初はこの時間に起きてる女の子も珍しいなって思ったんだ。でもしばらく見てたらすごく悲しそうにしてたから気になって………」
「え? あそこで歌っていたのは、最初から私のために?」
「うん。どうやったらあの子を笑顔に出来るかなって考えてみたんだけど、歌なら届くかなって。特別うまいわけじゃないけど、歌もギターも好きだし、誰かに聴いてもらいたいって気持ちは前からあったんだ。試してみたら、少しずつだけど灯火の表情が変わってきて、そんな姿を見ているうちに好きになってた」
 好きという言葉に反応し、視線が交差する。
「約束したよね? 付き合ってくれるって」
「あ、あれはその、勢いでっていうか………」
 とっさに否定するが、その言葉は途中で引っ込んでしまう。誠悟に惹かれていたのは灯火も自覚していたから。
「誠悟君から聞いたけど、日の光が怖いんだってね。でも、今でもそう?」
 先生に尋ねられて、灯火は少しうつむく。
 弥から向けられた視線と言葉は、未だに心から消えない。そういう思いを持つ人がいることもわかる。
「まだ、知らない人と顔を合わせるのは怖いけど、もう太陽は怖くない、と思います」
 だけど、それ以上に優しいまなざしを知ったから。温かい言葉を聞けたから―――今はそれだけで十分だ。
「――彼が、光をくれたから」
 まっすぐに誠悟を見つめながら笑うと、誠悟の顔が一気に赤くなる。
「だめだ、せんせい……おれ、まけた………」
「はは、彼女もロマンチストだったみたいだね」
 からかって笑う先生につられて、灯火も自然と笑っていた。


 ―― ずっとほしかった温かさと光
 それをくれたのは、歌う鬼さんでした ――





fin




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